波動エネルギー驚異の気の世界

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四次元以降の世界と第六感を捉える技術がここにある

 




幼年期
 〜 魂の始動 〜


もともと、小さい時から目に見えない世界には、何故か興味がありました。
20代の時は、その手の本を片っ端から読んでいたような気がします。

父は事業を営んでいますから、よく「そんなものばかり読んでどうするんだ!」と叱られていました。
(とはいっても、実際には両親そろって不思議な世界には関心が高いようです。)

もともと、今やっているような自分自身の求める世界、活躍する場を小さいときから、
無意識のうちに求めていたのかも知れません。

だから、周囲からも「事業家には向かないね」とも、よく言われていました。

また時代がその様なものを求めていなかったのか、現実逃避、空想家、
思考回路がずれている等、周囲からは色々言われていました。

確かに小学校の頃から、競争に対して好きではなかったし、ずっと、この世の中は何か変だな、
という違和感を感じながら生きてきました。

(今でこそ、競争から共生へ、と言うような事も言われだしていますが、当時はそのような考え方は、
社会の流れが許さなかったでしょう)

ところで、20代前半の時、ある事で首をひどく痛めてしまい、1年半も苦しんでいた事がありました。

背骨のゆがみはひどく、首までしょっちゅう神経を圧迫されている感じで、感覚的に半分麻痺するような痛みが
慢性的にありました。

しかも、すぐに眠くなる。意識が瞬間的になくなる。

それも瞬間的にくるので、営業活動も、車の運転も危なかったのです。
営業先でも、商談中に、前触れもなく意識がふっと抜けるので、大変でした。

そんなわけで、頭もぼっーとしている状態が多かったのですが、それとともに耳元に声が聞こえるのです。

そして、勝手に口から言葉が出て、自分の意思でのコントロールがきかない。
自分の体なのにまったく、冷や冷やものでした。
その瞬間は、あせって心臓もバクバク踊ってしまいます。

そして、その口からは、ちょっとした預言めいた事が言葉として飛び出してしまうのです。
それがまた、よく当たるので、「ひょっとして、超能力でもあるんとちがう?」と言われた事もありました。






最初の予言? 憑依現象



昔いた職場の、すぐ上の上司(その会社ではエルダーといっていた)が、回りからもあまり評判が良くなく、
しょっちゅうガミガミ怒こっている人で、こちらに対しても、それはそれは、ひどいものでした。

その人が、ある日突然、原因不明の病気になり入院してしまったのです。
その時、またまた例によって勝手に口が開いてしまい、
「8月○日に、突然良くなって退院するよ」
と、全く根拠のないことを言ってしまったのでした。
そしたら、事実その通りになったのでした。

そんなわけで、周囲の同僚達からは、呪いをかけたんだろう、などと言われる騒ぎになってしまったのでした。
(そんな事は一切していません!)しかし、医者に行っても改善されない体の症状といい、
勝手に飛び出す言葉といい、本当に困ったものでした。




「安東民師」との出合い


それが、ある時、韓国の「安東民」という霊能力を持った先生が来日されると言うのを聞き付け、当時は大陸書房から、
心霊作家として何冊も本を出されていたので、もしかして、という思いで出かけたのでした。

当時、私は大阪にいましたが、たまたま京都に来られるというので、不安な気持ち半分、期待が残りの何割か、
という曖昧な気持ちで、とにかく出かけたのでした。

すると、特殊なやり方で、それも殆ど一瞬に近い形で、今までの苦しみを治して下さったのです。
これには驚きました。

何でも文金高島田の姿をした女の人の霊が、首を怪我した時から、ずっと取り付いていたそうで、それ以来、
今までの苦しみが嘘のように消え去ったのでした。
思い返すと、その原因も納得できる節もありました。

が、いくら女の人と1年半もいたとはいえ、相手は幽霊なんだから、その間ちっとも楽しい事はありません。

心霊とか、超能力の世界は空想の世界か妄想かとずっと半信半疑だったのですが、この一件を通じて、
本当にこの世界はあるんだと言う事を実感しました。

それと共に、未来の予言をしていただいたのですが、その時はあまりにも現実離れしている話だったので
、正直なところ、あまりというより、全く信用していませんでした。

この安東民先生は、心霊作家であり、心霊治療を主体に行う整体院を経営されています。

そんなわけで、作家としての空想の世界が入れ混じっているような気がしてならなかったのですが、
その時は、私の未来を見て、はっとした顔をして、韓国で修業しましょう、と突然のように言われたので、
びっくりしてしまいました。

もちろん、丁重にお断りしましたが何か見えたのでしょう。

ただ、その時の言葉は、印象的でした。
「この道に入っても、事業の道を進んでも、それはあなたの選択肢なのですよ。」と。

それと、もう一つ、
「神様の世界に入ったら、しんどくて抜けられないよ。」とも言われていました。

その時は、よほど神様行の修業が大変でしんどいのかな〜、と思っていましたが、
今この不思議な世界に入っしまうと、別な意味でそうなのか、と思えるようになってきました。

私は、宗教家ではありませんから、宗教的な修業はしません。またしたくもありません。

でも、色々な人が求めてくると、その人たちに対して、義務のようなものが生じてきます。
一つひとつに丁寧に対応するのは、正直大変な面もあります。
好きでこの道に入ったのに、体が疲れていて、したくない時もあります。

「あ〜、こういうことだったのか・・・」
とその当時の言葉を思い出しては、妙に納得している自分がいます。





「高橋信次師」の本との出合い



丁度、それよりも少し前に、大阪の書店で「高橋信次」という先生の本を見つけたのですが、読み始めたら
その内容の重大さ、素晴らしさに心から感激してしまったのです。

読めば読むほど、心がスーと軽くなる、それは他の本では味わえないものでした。

あわてて、全ての本を買い夢中になって読み干しました。

そして、この先生の教えを勉強し、人に伝える事を将来のライフワークにしたい、
定年になって仕事をやめたら、この教えを多くの人に伝えるんだ!
と心に強く思っていたものでした。

(何故か一人っきりで、その思いで熱くなっていました)
それ以前にも、色々な人の本を読みましたが、全く異質なほどのレベルの違いに驚きました。

その時は、もうお亡くなりになったと言う事に、愕然としてしまったほどです。
それはそれは、大ショックでした。

もしかしたら、一目でも存命中の姿に会えたかもしれなかったのに、自分の徳の無さを嘆いたものでした。

もちろん、その後もさまざまな人の本を読んだり、あるいは見に行ったりしましたが、
今だにそれ以上のものには出会っておりません。
(それどころか、動物霊の力で不思議な現象を起こしているところもありました。)

それでも、最初は、それでも高橋信次先生並みの人はどこかにいるはずだと、信じていました。
その中の一人に、安東民先生もいたのでした。

他には、会員にはなりませんでしたが、ESPの石井普雄先生のの講演にも何回か聞きに行ったり、
また他でうわさがあれば、聞きつけてみたり、色々でした。

でも、・・・やはり現在にも至る中で、それ以上の人にはお目にかかりませんでした。

そして徐々に、心はとか、悟りとは何か、に興味関心が高まってくると、そのような心霊的な世界の大半は
嘘っぽく見えてきて、興味がなくなってくるのです。

そしてしばらく間を空いて、自称心霊と超能力マニアが、それを転機として正法神理の追求に
心が動いていったのでした。

やがて、親の反対を無視しての結婚。
そこから波乱万丈の結婚生活が始まります。

その時には、高橋信次先生の高弟であられた、園頭広周先生の正法を学ぶ会、「正法会」に本で出会い、
久しぶりに強く心が引かれ、正法のすべてをを学びたい ! という強い想いの元、会員になったのでした。

会員さん同士からも、高橋信次先生の色々な資料や、貴重なカセットテープ、ビデオなどが手に入ってきます。
車の中では、夢中となって何回も、暗記するほど聞きました。

園頭先生の教えの基本は、日常生活の中での正法の生活の仕方です。
特に重視するのは「夫婦調和」です。
私もそれを、目指したかったりですが、しかし、悲しいかな、現実生活は、家庭では夫婦喧嘩の連続です。

信次先生のビデオを見ようとすると、
「うるさい! 何が正法だ、まともな事も何一つ出来ないくせに、このバカ!」
といって、いつも一方的にスイッチを切られてしまうのです。

悲しいやら、腹が立つやら・・・

結婚前に、心霊治療の様子を唯一、一部始終目撃した妻も、一緒になったら、こちらの言う事を、
一切聞く耳を持たなくなりました。

また会社では色々なストレスや、また忙しさで、その世界からは遠ざかって、遠いものになっていってしまいます。



「フーチ」との出会い



それが、ある時、お客さんで「フーチ」というものを持っている人がいて、
(その時私も、たまたまというか偶然にも同じ商品を持っていた、というよりも、正確には、持っていただけ、
といったほうがいい)

「手をだしてごらん」というので、左手を出したら、ほぼ100発100中で、私の健康状態から、
過去に怪我をした場所から全て当てるのです。

しかも、オーリングテストという怪しげなものをする。
(オーリングテストという言葉は後で知りました。)

正直言って、得体の知れない不気味さに気持ち悪かったのです。
(なに?この人・・・バケモノ?それとも超能力者?とにかく気持ち悪い〜)

しかしその時は、心霊治療以来のカルチャーショックを受けたのでした。

同じ道具を持っていて、こちらは限りなく的中率ゼロ、フーチも本だけの架空の世界だと思っていたのが、
つい身近なところに本当に出来る人がいた、というのは驚きでした。

そして、その事をきっかけにしてフーチへの追求が始まります。

そのお客さんとは、会えばとにかくフーチの話ばっかり・・・何とか、その技術を盗みたくて、盗みたくて、
出来るのなら早く自分でも出来るようになりたくて、仕方がなかったのです。











頻発する「奇跡」現象


そして月日が流れ・・・色々な諸事情により、父の経営する会社をやめ、独立して事業を起こすようになったのですが、
それとと同時に、思い切って自作自演で、フーチの教室を開く事にしたのでした。

はじめた動機は・・・特にありません。ですから、教えるなんて事も全く考えていませんでした。
ただ、、一緒にやる仲間が欲しかっただけなのでした。

(しかし、会社勤めでは、絶対出来ない事が自分の意思で出来るようになったのは、とても良いことでした。)
最初は、測定というか、色々な製品の良し悪しを調べるのが中心でした。

そしてセリストン研究所の本の内容を見よう見真似でやっている自分が、そこにはおりました。

伝える内容には体系的なものもなく、いつも次は何をしたらいいんだろう、というよりも、
いつやめようかとも思っていました。

それが、思い切って試験的に高橋信次先の教えも交えながら、心の改善に重きを置く形にしていったところ、
不思議な、世間では「奇跡」と言われるような事が、当たり前のように、頻繁に起こるようになってきたのでした。

これも、元々のきっかけは、小林正観さんの講演を聞きに行ったことに始まります。

そこには宗教と何もかかわりも持たない講演を聞いている人たちが、小林正観さんの話で時折出てくる、
神様の話に、時には大笑いしながら、熱心に聞いている、これはいったいなんなんだろうと、思ったのです。

その手の世界は、毛嫌いする人が多いと思ったのに、ちょっと常識が覆された気持ちでした。

そこで、思い切って、タブーだと思っていて心の中で封印していた、その手の内容も交えてやってみようと
思ったのです。

そうしたら、予想もしないようなビックリする出来事が頻繁に起こるようになってきたのです。

最初は、絶対に来ないと思っていた、うたい文句だけの個人相談、それが本当に来てしまった。
焦りました。さすがに、どうしたらいいか分からず緊張しました。でも、頑張って思いつくままにやりました。

そうしたら、たまたま、霊的な問題が絡んでいて、それが見事な結果として出たのです。

そうしたらまた次の個人相談が来た、そして、また次と・・・まるで連鎖反応の様です。
みんな口々に、ああなった、こうなったと体験談を言うのです。

最初は、地元の勉強会に来ていた人たちが多かったと思います。
今でこそ、全国から電話が来ますが、懐かしい初期のころの思い出です。

こちらのほうが、騙されているような感じで、最初はキツネに包まれているような、すごく変な気分でした。
その感覚になれるのに、ずいぶんと時間がかかりました。


いったいこれは何だ!と。

(もともとは、瞑想教室をしたかったのすが、その内容も絡ませた事が良かったのでしょうか。)


そうこうしているうちに、園頭先生亡きあとも、その会には会員としていたのですが間接的に、直接的にと、
色々とクレームがつきだしましたのです。

正法と波動とは違う、一緒にするなと。そしてブログサイトは閉鎖しろと、(でも今でも継続しています。)

あと、某研修会の時に、雑談の中でなぜか、私のことが話題になったそうで、何でも、
「あいつにはとんでもないものが憑いている」という噂話です。

こちらにとっては別に痛くもかゆくもない話なのですが、それでもあまり気分のいい話ではありません。
何も悪いことをしていないのにです。むしろ、人様のためになっていることが多いのですが・・・

わたくしは、その人に向かって、僕は悪霊に支配されていのですか、しかも、あなたたちのレベルでは到底不可能な、
これだけの事を現象として起こすのですから、僕は悪魔ですか、と言いたかったですが、それも昔話です。

そのことを、しばらく前に、高橋信次先生の側近中の側近の方に相談しましたら、たぶん慰めですが、
「とんでもなく、素晴らしいもの(たぶん高級霊?)が憑いていると思えばいいではないですか。」
とメールで返事をくださり、私は、そんな人格はないですが、それでも随分と心の慰めになってくれました。

そんなこともあったり、また園頭先生亡き後の会は分裂して、私にとってはどちらにも魅力がなくなり、
会員としての意味も感じられなくなってきました。

もう、ここでは何も学ぶものがないと・・・。心の奥から湧いてきた正直な想いです。
その会でやっている世界からもいよいよ卒業です。

※誤解のないように書きますが、それは正法に対してではありません。こちらは永遠の道です。
その世界を組織に交わらずに、これからは自己の内面による追求にしようと誓ったのです。

「よし、仮に道を間違って、地獄に行くのも人生。これからは自分で作り上げる道を進んでみよう。
あの世に行って失敗したと気づいて後悔するのも人生だ。
人生には、しないで悶々とする後悔と、して分かる後悔がある。

同じ後悔ならば、自分でやるだけやって、結果を見ながら、良いも悪いも自分で納得して人生を送ってみよう。」
と、半ば開き直りの気持ちもあって、全てのしがらみのない状態で、SE研究所という名称でスタートしたのでした。

もちろん、その時も、バックアップしてくれる仲間が大勢いてくれたのも、立ち上げた原動力となってくれました。



流転する人生、妻の役割


そうしている時、心霊治療をしてもらったときの安東民先生の言葉を、ふと思い出したのです。
その時に、とりあえず歩んできた短い人生を振り返って思いました。

ここにたどり着いたのは、紆余曲折があったけれども、全てが必然的な流れだったのだと。
まあ、それはそれは、ひどい人生でした。

親の期待に逆らって、駆け落ち同然で一緒になって勘当。でも、妻は毎日修羅状態。当然自分の居場所がない。
それ以前のことも含めて、仕事も四つ変わりました。

今の仕事の直前は(勤め人としては最後の仕事として)、親の経営する会社に勤めてはいましたが、
またまた期待を裏切り退社。妻とは、毎日ひどい夫婦喧嘩で、日めくりカレンダーの枚数分だけ離婚を
考え続けている日々でした。

まるで、人生の落ちこぼれです。

しかし良い悪いは別として、冷静に捉えると、多分この妻と一緒にならなければ、
今のような人生の選択にははならなかったと思います。

(この妻と一緒にならなかったら、この予言は成立しなかった)

これも今回の人生、あえてそのような、(近視的な見方で見れば虫唾が走るような嫌な人生という)
筋書きを作ってきたのだと、今は自分で自覚しています。

今までの挫折や失敗の人生もしかりです。

人間関係にも苦しみ、悪霊にも憑依されました。
だから、逆に、苦しんでいる人の気持ちもわかるし、憑依現象がどうなのかも、実体験で経験していますから、
その状態が分かるのです。

しかし、この事を始めるうえで、これらの経験はとても良かったと思います。

私は、本業の仕事もあります。
お客さんには頭を下げ、職人さんにも気を使って(ほとんどは年上の人たちです)仕事をしている人間です。
これもいいのです。その姿が自分で好きなのです。変に偉くなりたくないのです。

なぜならば、この世界のみになってしまうと、おだてあげられる事が多くなってしまうでしょう。
その時に、自分自身を妄想的な過大評価で、錯覚してしまうのです。
自分は、すごいんだ、偉いんだ、周囲の人は頭を下げるのが当然なんだと、・・・

そうなったら、お終いです。
そうなると人格がゆがみだします。そうしますと、地獄の道にまっしぐらです。

しかし、そうなっているその手の先生方がいかに多いか・・・

幸いなことに、私は、どう間違っても日常の中では、普通に使われる立場で生きています。
だから、人格が平凡な中で保っていられるのです。

ですから私は、こんなことをしても人ごみに隠れる、ごく平凡な人間です。


ところで、そうすると、これからが人生の本番。





「安東民師」の予言


ところで、その安東民先生の予言は

●あなたは将来、そのような(心霊治療の)道に進む様子が見える。
 ※結果としてそうなった。

●そして多くの人が、ひっきりなしに来るようになる。
 ※まだまだ、これからです。

●大勢が集まる場所で、「集団除霊」(面白い表現だったので、ずっと記憶に残っていました)をするようになる。
 ※やれば出来る、やったことがある。

●あなたは、この道であちらの(神々の)世界から生活が保証されている。
 ※生活は大変です。これから?

●本も出すだろう。(ひょっとしたらかなり売れるかも?しれない)

 準備中です。売れてくれないとシリーズ化ができない。

●それに合わせて、海外に広げていくようなニュアンスも言われていましたが、定かではない。
 ※気持ちには、後継者育成も含めて全世界に伝えたいです。願望としてですが。


等など・・・という内容でした。


その時は、いくら心霊治療の大先生でも、いくらなんでも何でもその世界に結びつけて、観るのはちょっと変じゃない?
と、その内容自体に相当違和感があったのも事実です。

そんな事、ありっこないよ、現実離れしすぎだよ〜と、でも、心の片隅にはその言葉がずっと残っていました。
もう、30年近くも前の話です。

でも、その時私は言いました。(先にも書きましたが)
「ウチの父は、事業をしているので、その後を継がなくてはならないのですよ。」
※結局は継がなかった。

すると、安東民先生は、「そうですか、どちらの道を選択するかは、あなたの自由ですよ。」
と言われたのも覚えています。




「これからの人生の役割と使命」


それが、気が付いたら、いつの間にか結果的に、その予言に近い事を始めて
しまったわけです。

ある日、その忘れていたその予言を思い出したとき、正直なところ、我ながら
ゾッとしました。

そして、「集団除霊」とは違うけれども、いっぺんに何十人もの人の、
気のエネルギーの入れ替えも出来るようになってきたのも事実です。

今は、その予言を信ずるのではなく、その託された預言に基づいて、自分自身がどこまで現実化できるのか、その挑戦をしたいと思っているのです。

本来の預言は、あてごとでなく、言葉を託すのです。神の計画書なのです。
だからその通りになるように努力していかなくてはなりません。

そして、これからの自分自身の可能性、能力がどこまで伸びるのか、
世の中にそれが受け入れられるのか、その技術をどうしたら多くの人に伝える事ができるのか。

遊びでやっているのではありません。(楽しんでやってはいますが)
一応、崇高な理念を持ちながらやっているつもりです。

この技術を通じて、世の中の一つひとつの場面が調和されたものにしていきたいのです。

最初のころは、自分ではない想いや、知識として知らない事柄が心の奥から湧きあがって来ました。
セミナーなどでも無意識にしゃべっている言葉も多くありました。その言葉を後で自分で何回も聞き直して、
初めて自分で言っていることの意味を理解する事が数多くありました。

それは平凡な日常に起こる不思議な感覚でした。

そして、内面から湧きあがった情報の積み重ねで、一つの体系化された技法となりました。
今でも、それは進化中です。いつになっても、この技術の完成も到達点もないでしょう。

その追及は、とても楽しいものです。

道楽という言葉がありますが、どうやら、江戸時代か? 仏法を学ぶ旦那さんたちを、道楽者と言っていたらしいです。
その意味では、私も道楽者です。

まだまだマイナーですが、軸をぶらさずに、本物の技術の追求をこれからも、し続けていきたいと思っています。
この技術を通じて、世の中に、そして世界中に貢献できる事を願ってやみません。


この技術が、多くの人の救いとなりますように、そして、宗教被害にあっている人の救いの道となりますように・・・
そんな気持ちも強くあります。

その思いを持ちながら、これからも進んでいくと思います。

大雑把な歩んできた道のりと、想いを書かせていただきました。


 
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SE研究所 所長 穂苅秀郎
〒381-0043. 長野市吉田2-33-33
TEL 026-259-5567 FAX 026-403-2201
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